
2005年9月13日
久々に更新・・・ていうか更新のためのパスワード
なくしてしまっていて先日やっとそのメモが見つかりました。
下の日記からずいぶん経ってしまって選挙まで自民党が
圧勝。自衛隊のイラク派遣ももはや当たり前のように
なっています。忘れっぽいよなー日本人。
2003年12月24日
自衛隊イラク派遣が迫っている。自分は正直
この問題に関しては完全に正しい答えなど
存在しないのではないかと思っている。
米英軍の占領が正しいとはお世辞にもいえないが、
かといってフセインが正義だったわけでもない。
自衛隊を出さずにすめばそれが一番いいのだろうが、
イラクのサマワでは日本の支援を待っている人々も
いるという。究極的には困っているイラクの人を
助けに行くのだから、馬鹿左翼のデモみたいに
「イラクの市民を殺すな」とか気の狂ったこと
言って自衛隊員の心を傷つけることはないと思うし、
かなりの危険を覚悟して現地に行く彼らに心からの
敬意を送りたいし、無事を祈っている。
すくなくとも、自分達は現地に行きもしないくせに
「三時間半の滞在で何がわかる」とか「イラクの人たちに失礼だ」とか
あんぽんたんなこと言ってるマスコミ(特に朝日系、石坂啓含む)や、
野党政治家(未だに拉致問題に関して詫びの一言もない共産党とか)
よりは偉い日本人だと思う。本当に無事を祈っています。
2003年11月11日
選挙が終わってテレビをつけると、田中真紀子の大写し。
思わず食ったばかりのカレーを戻しそうになった。
自分はこのバカ議員が死ぬほど嫌いである。
傲慢な発言の数々は大目に見るとしても、
自ら望んだ外務大臣になってから、この女が何か一つでも
政治上の功績を上げることが出来たか?
外務省の役人が協力しなかったから?
敵を味方に出来ないものに外交など出来るものか。
まして責任を部下のせいにする者に人の上に立つ資格などない。
卑劣、愚劣、下劣でしかも無能。
早く政治の舞台だけでなく自分の視界から消えて欲しい。
こんな人物を羞じることなく再選させる新潟県民が恥かしい。
2003年10月19日
民主党の管直人がまたパフォーマンスしてました。
道路公団の小役人捕まえて偉そうな叱責と糾弾。
長良川河口堰のときも同じようなことやってましたっけこいつ。
その時それを見ていた友人(在日のために必然的に無党派)いわく、
「こんな下の役人にいうたってしゃーないのになー。
権限もってないねんから何もできるわけないやん。」
いやまったく。ほんとうに悪政を糾したいなら、永田町で
やればよろしい。そんなやらせで騙されるほど民衆は愚かじゃないよ。
そんなひまが在るなら、民主党の綱紀粛正しろ。
逮捕者数で自民党と張り合ってどーすんじゃい、犯罪政党。
2003年10月10日
「私の意見は朝日新聞の受け売りです」
かつての朝日新聞のCMコピーである。
「日本一斉IQテスト」
今、流れているキャンペーンのコピーである。
見事に大衆蔑視の朝日の本質をよく表わしている。
そんな傲慢さに気付かなければ誰かが心の銃弾を
ぶちこむだろう。それでもわからないだろう。
そういう新聞社だ。
2003年10月3日
れっきとした犯罪者で、ム所帰りの鈴木宗男が松山千春のコンサートに現れ、
松山の手招きでステージに上がって20分もスピーチを垂れたそうだ。
金払って聞きに来てくれている客に対し、
「俺の身内だからお前らも応援して当然だろう」という傲慢。
客は松山の歌を聞きに来ているわけであって、犯罪者の御託を
聞きに来ているのではないという簡単な事もわからぬ甘え。
そして「千春が応援しているのだからいい人かも」とでも
思ったのか、そのことに声を上げる事もない聴衆の愚かさ。
バカじゃねえのおまえら。
2003年8月29日
昨日、池田小大量殺人の被告に死刑判決。どうしようもない極悪人だと自分も思う。
犠牲となった子供達の生前のビデオを見た時に、
きっと宅間という男は幼い頃にこんな風に両親の愛情一杯に
写真やビデオを撮ってもらったことも、上品な服を着せてもらった事も
なかったのだろうなあ、と何となく思った。亡くなった子供達の親が
子に寄せた愛情や、暖かい人情の1000分の1でもいいから
誰かがこの男に分け与えてやる事ができたなら彼はここまでの怪物には
なっていなかったのではないか、そんな気がする。
なくなった子達は、少なくとも宅間被告よりは幸せに満ちた生涯だったと思うのだ。
個人的な考えだが、被告が法廷で最後に騒いだのはわざと退廷させられるためでなく、
本当に自分の気持ちを死ぬ前に世の中にぶちまけたかっただけなのだと思う。
その心の底が、大方の予想通りの極悪だったとしても、退廷させずに発言させていれば
同じような事件を防ぐヒントになりえたのではないかと思えてならないのは
自分だけだろうか。
「素朴な疑問」
国連のイラクに対する核査察が始まった。
フセイン大統領は確かに独裁者かもしれない。
しかしイラクは核を持っただけでも駄目なのに、
アメリカは世界を何回も滅ぼすぐらい核を持つ事の許される理由を
「倫理的に」説明できる人間がいるのだろうか。
ましてアメリカはその禁断の兵器を二度も生身の一般市民に使用し、
あまつさえ、核実験の巻き添えに何人もの日本人を殺した「前科者」である。
歴史的な領有権を主張してクウェートに侵攻したイラクは制裁を受けるのに、
同じ理由でパレスチナに入植と言う名の侵略を進めるイスラエルに対し
国際的な批判のない理由は何なのだろう。
落合信彦とマイケル=ケリーならきっとこう答えるのだろう。
「いつだってアメリカが正しいのに決まっているさ!」
・・・それをチリやベトナムの市民の前で言ってみろよ。
2002年8月13日
作家の山田風太郎は晩年の新聞のインタビューの最後に
「どうにでもなれ、だ。こんな国」と言った。
今日の新聞では水上勉が悲しげに笑う。
「国民はあほうになった。・・・ああ、あほうな国になった」
言ってる事に間違いはないのかもしれない。
しかしこの二人の言動に文学者としての使命感も
責任感もカケラも感じないのは自分だけか。
文学は国民の魂だ。国民の魂が堕落しているとしたら
そのことを我が子の病のように同苦するのが
文学者だと自分は思う。魯迅はそうだった。
「餓えた子に文学は何をなすことができるのか?」
醜い老人どもは彼の問いに答えられず、口を閉ざしたまま
若者達のもたらす栄光を見ようとすることも、民衆を愛する事もなく
(また愛される事もなく)文壇と言う名の棺桶で眠りにつこうとしている。
2002年7月8日
歌人の俵万智がバーのママさんをやってるらしい。
昔この人が与謝野晶子の短歌をリメイクした本を出したのだが、
あまりに安っぽくてがっかりしたのを思い出した。
「柔肌の 熱き血汐に触れもみで 淋しからずや 道を説く君」が
引用するのもうんざりするような味気ないものにされていて
非常に腹立たしかった。
どうせ現代語訳やんなら橋本治ぐらい大胆にやらんかい!
もう一題。
ゲームを長くやると「キレやすく」「集中できない」
「人付き合いの苦手な」脳になる、とどこかの大学の研究結果が
出たそうだ。ここで一つ疑問なのは、実験にどんなゲームを
やらせたのかということで、例えばそれが「時空探偵DD」とか
「ぱにっくちゃん」レベルのゲームだったら、アインシュタインの
脳でも即座に脳細胞が10兆ぐらい死ぬと思うぞ(笑)。
研究データと合わせて被験者にやらせた
ゲームのタイトルも是非発表してもらいたい。
2002年6月1日
帰り道に水辺で母子を見た
夕日に縁取られて、小さな女の子が若い母親の手を引いていた
川の水にくるぶしを洗われて二つの影は幸せそうに立っていた
物言わずただ微笑むだけの母の手を握りながら小さな女の子は
何を思っているのだろう
彼女を待つ辛い明日のことだろうか
癒されることのない母の昨日だろうか
断じてそうではない
母子の今この瞬間の果てしない幸せは
この刹那には誰にも壊す事の出来ないもの
物言わぬ母は知らなくても
この宇宙の事は何一つといって知らない
小さくて華奢な女の子でも、否、なればこそ
知っている幸福の意味
夕暮れの水辺を今日だけは静かな母の手を引いて歩くこと
水面の照り返しはその少女の幸福を控えめに、しかし
あますことなく映し出していた
2002年5月27日
アメ公とロ助のカシラ同士が戦略核削減の交渉合意。
実は弾頭外してキープOKよといういつものブッシュの猿芝居。
お手手つないでエヘラエヘラと笑ってたのもつかの間で、
インドとパキスタンがミサイル片手ににらみ合い。
ああ、愚かだよ、滑稽だよねえ。
餓えた子供を差し置いて、たくさん人殺す事しか
考えてねえ同士がアジアの真中でガンのくれ合い、飛ばし合い。
ダメダメだよねえ。ほんと、白人でキリスト教徒以外は
どうしようもない低脳だよねえ。世界を滅ぼすかもねえ。
たった2,3本のミサイルの回りをちびくろサンボの
トラたちみたいにぐるぐる巡ってさ、バカだよね、ほんと。
おっとっと、失礼した。キミ達もまだ何万発も持ってんだよね。
原爆を。人殺しの道具を。殺してその後、土地も子孫も放射線で
犯し抜く、人でなしでなきゃ考えつかないようなあの爆弾をさ。
してみると、本気ではあんたらもチョット言えないよね。
「そんなバカな事はやめなさい!」なんてね。言えないよなあ。
まともな神経してたらさ。いや別に言ってもいいんだけど、
彼らもこういうよね、きっと。
「おめーらに言われたかねーんだよ!!」
2002年5月15日
巨人戦中継延長でまた深夜番組の録画に失敗。
テレビ局(特に日テレ)の態度にはほとんど殺意を覚えるが、
わずか2日で巨人が首位陥落したことでチャラにしてやる。
ダイエーが台湾で試合を行ったそうだ。
相撲取りの地方巡業みたいな感じだが、自分は感心した。
王監督が台湾出身という事もあると思うが、この時代、
アジアをちゃんとターゲットに入れたほうがいいのは間違いない。
野茂やイチローが渡米した折には足を引っ張るような事しか
言わなかった日本にしか、いや、自社の利益にしか興味のない
某球団オーナーに少しは見習ってもらいたいものである。
2002年5月13日
いやもう、いやになりますね外務省。
百害あって一利なし。どうしてこう、バカ真紀子を筆頭に
国益を損するようなことしかしないんでしょう。
外務省が一番外交下手でどーすんだクソバカども。
中国による主権侵害がどうとかなんて関係ねーんだよ。
オメ−らがしっかりしてりゃ済むことだ能無し役人ども!!
大部分は東大出のエリート(失笑)なんだろうが全員クビにしちまえ。
2002年2月2日
下の日記に続く。ブッシュの教書演説にイランでは当然のごとく、
驚きと激しい反発を呼んだようで、「反テロでは協力したのに」と
世界中で大きな失望の声が聞かれる。今のイランの大統領はここ十数年で
最も開明的で、知的なハタミ氏であり、対米協力関係を作り上げるには
最適なパートナーになりえたはずであるし、中東に友人を作る事は
反テロリズムの活動においても大きなプラスになったはずである。
アメリカが「ほんとうに」自由と民主主義を守る国ならば
絶対にしてはならない演説であった。もういいから、お前だけは
テロられて死ねよ、ブッシュ。あと、鈴木宗男もな。
2002年2月1日
シャロン曰く「あの時アラファトを片付けて置けばよかった」
ブッシュ曰く「イラン、イラク、北朝鮮は悪の枢軸国」
・・・確かに、俺もこの馬鹿者二人がいなくなれば
少しは世界が平和になるような気がしてきたよ。
2002年1月16日
昔、イランの「サイクリスト」という映画を見たことがある。
初めてみたイラン映画だったので印象に残っているのだが、
その監督がTVで眼に大粒の涙を浮かべながら、映画撮影の現場で
目撃したアフガンの現状を語り、子供達への支援を訴えていた。
30ドルで一人の子供が一年間教育を受ける事ができるという。
「空からミサイルでなく教科書を、地には地雷でなく小麦の種を蒔け!!」
氏の訴えは重く、深く、胸を打った。
・・・・チャンネルを変えると、大食いグルメ番組。
もう一回滅びろよ、豚ども。
2002年1月5日
みなさま明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
最近、よくリサイクルショップを利用するが、
行く度に「不景気だ何だと云ってもまだまだ
日本にはモノが余ってるんだなあ」と思う。
ああいった店で品物を安く入手できるのならその分
ほんとに必要な事に金を回すことが出来るし、
中古ショップに売ることを考えてみんなモノを
もう少し大切に使うようになるのではないだろうか。
景気が悪いのも事実だが、したたかさは持っていたいと思う。
2001年10月22日
―「B」の双子―
お前たちは似たもの同士で
正義を信じて疑わない いかなる犠牲を払おうとも
皆殺しにするかされるまで聖なる戦いは終わらない
敵か味方かどちらかを選べと俺たちに詰め寄る
ウイルスも飛行機の使い方も良く知っている
お前たちは花でも蝶でも武器にできる
女子供であっても敵ならば何人死のうが平気なくせに
遺されたものたちには憎しみをたきつけて権力の糧にする
お前たちはそんなにも似たもの同士 まるで双子のようだ
もしお前たちのどちらも友とするものがいたら
お前たちはなんと言うのか やはり show the flagと
迫るのか それとも無言で鉛の玉を撃ちこむのか
お前たちのやることはほんとによく似ている
まるで双子のようだ
「もしかしたら前世はそうだったのかも」
ふとそう思えればお前たちの死の歓喜に付き合わされる若者も
ひょっとしたら少なくて済むのにな
どうにかならないのかな
ほんとうにお前たちはよく似ているな
頭文字に「B」を持つ二人よ
―トルコの歌手・バルシュの唄を聞きながら―
2001年9月19日
こんな夢を見た。
嵐の夜に人々が暗い一室に集まっていた。悲しい思いをした人たちだった。
男も女もあらゆる色の人、年寄りや子供、身体や心が片輪な者もいた。
肉親や友人を亡くして悲しみに沈んでいた。彼らはすることがないので
今はいない人たちの思い出を語り合う事にした。悲しい思い出もあったが、
語りたくなるのは楽しい思い出だった。誰かがそのときの思い出の曲を
口ずさんだ。それは決して巧くはなかったが、人々の心の琴線を鳴らした。
みなが入れ替わり立ち代り、それぞれの思い出の歌を歌い始めた。
笑ったり、照れたりしながら眼はまだ潤んでいたがそのうち、
誰かが手拍子を入れ始めた。床を軽く踏み鳴らし、肩を揺すり、
それぞれの者が一つのパートを成した。
それは最後は一つの大きな歌になろうとしていた。
夢はそこで覚めたが、希望の歌はまだ耳の奥に残っている。
2001年8月29日
テレビを見ていると、アメリカで優勝した少年野球のチームの少年たちに
メッツの新庄が「大きくなったら阪神かメッツに来てください」と笑顔で
激励したことが報じられていた。
その場面のあと、日テレのレポーターがわざわざ少年の一人に「君は阪神ファンなの?」と
質問し、「ううん、巨人ファン」と答える姿を付け加えていた。
ナベツネの飼い犬どもだから仕方がないが、恥ずかしくないのだろうか。
こんなことを繰り返している間に日本のプロ野球を見る人は明らかに減っているし、
いくら松井が、清原がといった所で子供たちは正直である。
檻の中でぬくぬくしている巨人選手よりも、より大きな、そしてハードな舞台で
戦う日本人メジャーリーガーの方に魅力を感じている事だろう。
不様なるかな東京読売巨人軍。これが日本のプロ野球を代表するチームなのだ。
2001年7月30日
最近、「教科書問題や靖国問題で中国や韓国は内政干渉するな」といった
論調が目立つが、先に内政干渉や無差別殺人をやりまくったのは日本だと
言う事を忘れてはいけない。南京大虐殺の被害者数が多すぎるとか
いった小手先の詭弁の問題ではないのだ。1万人だろうが、100万人
だろうが、こちらに非があることに頭を下げないことの方が、
より恥ずかしいことである。まして、日本が戦後発展し、復活できたのは
中国が賠償請求をしなかったことが大きい。朝鮮戦争やベトナム戦争による
特需など、アジアを踏みつけにして作り上げられた繁栄を、さも日本民族の
優秀性に結びつけるものもいるが、我々がそのような卑しい心の民族であると
思うたびに、正に自虐的な気分にならざるを得ない。